A:氷原の大木 アイゲイロス
ラヴィリンソスでは、ある程度の気候制御が実現できているが、あれを維持するには、莫大な属性エーテルが必要になる。
だがもしも、著しく気温が低い環境でも、安定して成長し、収量を期待できる作物があるとしたら?極地の開拓などで大いに役立つこと間違いない。そこで我が大学の生物学部が目をつけたのが「アイゲイロス」だ。
耐寒性に優れた硬い樹皮を持ち、極寒の氷原でも活発に動き、
大型のクマさえ捕食する……そんな化物の標本が必要なのさ。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
オールドシャーレアンの地下にある施設ラヴィリンソス。
知の都の住人たちが、世界各地から収集した各種文献や資料を、安全かつ確実に保管するために造られた施設であり、そのためにエーテル学的に環境が調整されている。その資料というのは何も標本やサンプルだけではない。実際に温度管理や太陽光と類似した光線を利用して植物や動物などを育てたり、品種改良を試みたりとアクティブな研究が行われている。そのラヴィリンソスにおいてこのところ注目されているのがガレマルド地方だ。
元々北洲の小国でその存在すら知られなかった極寒の辺境地だったが、そこに勃興したガレマール帝国は破竹の進撃で一躍知らぬ者はいない北洲の強国となった。
ガレマール帝国は独裁国家で近年までどこの国とも国交がなかったためその地方に生息する動植物については世界に知られてこなかった。
だがガレマール帝国が内戦により崩壊し、その国土国境が開かれることになりガレマルド地方には未知の生態を持つ動植物宝庫であり、また未知の魔導技術の宝庫であることが明らかとなった。
そんな道端に宝石が落ちているような地域を知の都シャーレアンの学者や研究者が放っておくはずがない。こぞってガレマルドの生態系や魔導技術を研究し、既存の学問や技術に応用できないかを目を皿のようにして探している。そして今回シャーレアン大学の生物学部の教授が目を付け、白羽の矢を立てたのはトレントという魔獣だった。
トレントはその根っこを足のように動かして移動する樹木の魔物だ。太い幹には節穴のような目と口が付いていて、長い枝の腕がある。通常の樹木のように足を大地にめり込ませたり水に浸けたりして水を吸い上げ養分にする種もいれば、人や動物を襲いその血液を吸血して養分とする種もいる。生息地域や環境に合わせてその生態も様々なのだが、基本的に気候が温暖な地域にしか生息しないとされてきた魔物だ。
ところが近年になり国家の崩壊と同時に国境が開かれた寒冷地であるガレマルド地方にその亜種が確認されたのだ。その亜種のトレントは現地ではアイゲイロスと呼ばれており、耐寒性に優れた硬い樹皮を持ち、極寒の氷原でも活発に動き、大型のクマさえ捕食するのだという。
このアイゲイロスがガレマルド固有の種であるのか、あるいはほかの地域から何らかの形で持ち込まれ環境に適応したのか、それすら分かってはいない。
依頼してきたシャーレアン大学の生物学部の教授はその生態を詳しく調査し、植物の品種改良に利用しようと考えているらしい。それが上手くいけば大量のエーテルを利用して温度管理しているラヴィリンソスでの作物の栽培や収穫が容易になり環境エーテルの使用量がグッと減らせる。
また食糧難に喘ぐ辺境地域の作物の収穫量を増やし安定させることができるかもしれない。
その研究の為、アイゲイロスの生死は問わず、また体の一部でも構わないから標本として持ち帰ってほしいという依頼だ。
世のためになる立派な研究だとは思うが、二人そろって冷え性のあたし達は寒冷地であるガレマルドに踏み入れること自体がすでに苦行のようだった。その有様はガレマルド関連の手配書を出すたびにこの世の終わりのような顔をするあたし達を不憫に思ったクラン・セントリオの面々が質のいい防寒着をプレゼントしてくれるほどだった。あたし達は泣く泣くガレマルド入りした。
ガレマルドはいつものように雪が降り積もっていた。時折強い風が吹けば地吹雪のようになり視界を奪う。そんな雪や風を遮るものもないだだ広い雪原を身を寄せ合うようにして歩いた。
手足の指先がすっかり痺れ、腕や足にまで冷えが昇ってきた頃、目の前にある雪の積もった丘の上を葉っぱが茂る頭をユサユサ揺らしながらゴソゴソと樹木が動いているのが見えた。
「さっさとやっつけてあいつ薪にして焚火しよ」
あたしガタガタ震える口でボソボソ言った。
「寒い思いが無駄になるから全部は燃やさないでね」
相方が剣も抜かないで腕組みしたままガタガタ震えていた。
あたしがカタカタしている口で詠唱を始めると風に乗ってその声が届いたらしい。アイゲイロスがクルッと全身であたしたちの方に振り向いた。
葉っぱは雪が積もって真っ白、腕や節穴のような目や口にはつららが垂れていて、その口は穴の上下がぶつかってカタカタと音を立てている。おもわず相方が呟いた。
「えぇっ、あいつも震えてるやん」